【25】障害の機能補填と関連する脳科学的所見

「障害児教育と関連した脳科学的知見について:脳の可塑性と障害の機能補填(平成18年3月)」より

 キーワード: 障害児教育、脳機能画像、視覚障害、視覚野、聴覚障害、聴覚野 

 


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【この研究では】 
 近年の脳科学の発展は著しいものがあり、それに伴って脳科学的研究の成果を社会的にきわめて重要な課題である教育に応用すること、および教育に役立つような脳科学的研究を推進しようということが先進各国の目標になってきています。一方で、脳科学を性急にまた十分な科学的根拠なく応用することには慎重であるべきだ、という意見も出されています。

 障害のある子どもの教育において個々の子どもに合った適切な教育が必要とされていることを考えると、現状で脳科学に過剰な期待を寄せ性急に応用することには慎重さが必要と考えられますが、一方で脳科学の知見を活かせる場合には正確な知識に基づいて適格に応用していくことも重要と思われます。

 このためには、特別支援教育に携わる教師等も、脳科学の発展で明らかにされた最新の知見を正確に知り、その応用可能性について考えていく必要のある状況が生まれてきていると思われます。

 このような状況を踏まえ、障害のある子どもの教育に関連の深い分野について、最新の脳科学的知見から、脳の持つ可塑性とそれによる障害された脳の機能補填に関連したものと中心にして、国立特別支援教育総合研究所の研究紀要第33巻で紹介しました。


【研究をして見えてきたこと】 
 脳の中の神経繊維のネットワークが可塑性を持っていて、脳の一部が障害されると、その部位が担っていた機能を補うように障害部位の周囲等の神経繊維のネットワークが再構築されることは従来から知られていました。このような脳の構造上の可塑性の他にも、機能としての可塑性があることが、最近の脳機能画像による研究で明らかになってきました。

 脳の中で、視覚や聴覚等の感覚器から入る情報を処理する部位は、それぞれが対応する機能に特化して比較的限定された機能を担っているとされていました。例えば後頭葉にある視覚野は網膜から来た視覚情報を専門的に処理しており、特に一次感覚野といわれる一次視覚野は網膜の部位と直接的に対応した視覚情報の処理を行っていることが知られています。では、視覚障害や聴覚障害のある人の視覚野や聴覚野はどのような機能を担っているのでしょうか。

 定藤らは、盲のある人が点字を読む時の脳の働きを、機能的MRIという脳機能を画像化して調べられる機械を用いて研究しています。それによると、健常者では、点字を読む時に一次体性感覚野という触覚情報を処理する部分が活動し、後頭葉の視覚野は活動しませんが、盲のある人では、点字を読む時に視覚野が活動し、特に16歳以前に盲になった人では一次視覚野も活動していることが分かりました。そして視覚野の活動が点字を読む時の正確さや早さと関連があったと報告しています。

 聴覚障害においても、上記の所見に近い結果が得られています。MacSweeneyらは聾のある人が手話を認知する際に聴覚野が活動していること、手話の分かる健聴者では聴覚野の活動がみられないことを報告しています。

 これらのことから、盲のある人や聾のある人では、障害された感覚からの一次的な情報処理を行う脳の部位が、その感覚と密接に関連した文字の認知や言語の認知の際に、それらの関連する情報処理の1部を担っており、機能の補填に利用されるように脳機能が適応していることを示しています。このような脳機能における大きな可塑性は、他の様々な障害においても起こりうることであり、障害による困難の改善に役立てられる可能性を示唆しています。


【研究組織】 
 渥美義賢・渡邊哲也・小田侯朗・ 大内 進 


【研究課題名】 
 脳科学と障害のある子どもの教育に関する研究(平成16~18年度) 


【もっと詳しくお知りになりたい場合は】 


【本研究紹介シートの文責】 
 渥美 義賢 


本研究紹介シートは、独立行政法人国立特別支援教育総合研究所で行った研究を基に作成しています。